満車だった駐車場の朝は一変、雪に覆われたていた。大内宿を後に「こぶしライン」の峠を越えて会津若松へ。「ふくしま日帰り温泉」のクーポンを利用、「湯陶里」で朝風呂に。びっくり!ここで常陸の圀さんと会ったのです。その後、自分は大雪で中止になった絵蝋燭祭若松城へ。なんと!到着すると雪が止んで青空に、こんな真っ白な天守が見られるなんて最高!。 その後、会津浜通り方向へ進むと、積雪は無くなっていった・・・。2025/02/09
青空に急変
会津若松場
ポーズとる観光客
女剣士と出会う
鶴ヶ城とも呼ぶ
ヨシさん、かつて現役時代、まだ、常磐高速道も開通して無かったので、原町工場へ車で行く時は、6号線よりも信号が少ない山側の道を行き、川内村を通りました。「かわうちの湯」の近くに、確か、草野心平の「天山文庫」や「イワナの里」もあったネ‼️ 懐かしいです✨
山遊亭さん、今でも天山文庫はありますね・。 阿武隈民芸館に隣接してましたよ・・。
国道もバイパス化して、とても走りやすいです・。
常陸の圀からさん、有難うございます。
機会があれば、もう一度、天山文庫を訪ねて、川端康成が酔っ払って孔雀の羽根で描いた篇額を見たいと思います。
大内宿の駐車場で遭難したと地元の除雪隊が話していましたが、大丈夫だったのかな???。
除雪の雪で人生さんらしきの車が「ギッタンバッコン」してたよ・・との、情報がありました。
大内宿の駐車場のおじさんが「プラスコップ預かってるよ・・」と、話題になってます。
次の機会にでも取りに行ってくださいね・・。
磐越道、西に行ったら新潟だよ・・。 川内村は「東の方向」だべ・。 まだ、ボケは早いずらよ・(笑)。
人生さんも、「かわうちの湯」に行ったんだべね・。 強アルカリの単純温泉でお肌、スベスベだべ・。 会津若松の今年の雪は数十年ぶりの大雪だったね・。 おいらでも、なかなか見ない光景だったよ・。
会津若松城も雪が多くて、お城のイメージが変わった感じだ。
正式名は会津若松城だが、別名は「鶴ヶ城」。 戊辰戦争を戦い抜いた奥州屈指の城。 五重五層の鉄筋コンクリートでの再建城となってる。 数年前に本来の「赤瓦」にしたのも有名になった城でもあるね・・。 室町時代には葦名氏の「黒川城」だったのだが、蒲生氏によって1592年から改修して若松に改めたのだ。 その後は、蒲生氏や加藤氏によって空堀から水堀に変えたのだ・・。 戊辰戦争でのダメージが大きく、明治初めに取り壊された天守、おいらが生まれた後の昭和40年(1965)に現在のお城に再建されたのだよ・。
会津若松城・別名・鶴ヶ城も日本百名城だ・。