<七夕飾りの短冊に「天の川」と書いたり、彦星と織姫が年に1度会える日(1日じゃ可哀そう)だよと聞いた子供の頃を思い出す(今じゃ長続きの基と)。 自転車と写真が好きな彼は「素晴らしい天の川が撮影できた」と写真を見せてくれた。場所は、会津から魚沼へ抜ける六十里越峠からだという。夜ではないが、この峠は新潟に行く時よく越えるので、より感動しました。今月末また通る予定なんです・・・>2019/07/07
六十里越峠からの天の川
六十里越峠開通記念碑(2018/07/29撮影)
ささの湯のひこ星とおり姫はいつまで経っても一緒になれません
友人からの花便り は無し
チコちゃんに叱られない様に、数年前、七夕の由来について講義を受けました。実に多くの要素が混じり合って形成されたことをその時始めて知りました。そもそもは、中国の西王母伝説(織女.牽牛の物語)から始まり、女性の手仕事の上達を願う乞巧奠(キコウデン)、日本古来の棚織津女信仰、五節句や盂蘭盆会の行事としての要素が加わり、異質文化が見事に融合した。世界では各地で民族や宗教紛争が絶え間なく起きているが、異質の文化を融合させた七夕の民族を持っていることを、もっと誇りにしても良いのではあるまいか? 地方の観光行事か幼稚園のお遊戯に成り果てている七夕を評価し直す機会になれば幸いです!