日記 2026年7月17日 勿来の関に 30年振りかな勿来の関に寄った。「来ること勿れ」なんですがね。石碑に刻まれた和歌に書かれていました。「東路は なこその関も あるものを いかでか春の超えて来つらん」(春は東から来るというけれど、東路には「来るな」という勿来関があるのに、春はどうやってくるのだろうか)生憎の雨だったけど以前と変わらぬ佇まいをしていました・・・。2026/07/12 勿来の関入口 源義家之像 緩い坂を登って 勿来の関跡 歌碑 展望台に(海は見えない)
八幡太郎義家が本当に「勿来の関」を通ったと言う史実は無く、後の世の人達の作り話の様です。
都(京都)では歌枕として「逢坂の関」と「勿来の関」が有名で、実際に来てみたことも無い人も、男女の愛のすれ違いますなど、沢山、和歌に詠まれています。和歌と実際の見聞有無は無関係なんですね。
八幡太郎義家が蝦夷征伐の為に実際に通ったのは「白河関」の様です。