日記 2026年7月9日 ポイ捨ては少ない 市主催の一斉のクリーン作戦が行われた。このところ道路のゴミはとても少ない。子ども達も含めてゴミ拾いを経験した人、あるいは見てた人は捨てないよね。12班に分かれて集められたごみ袋はこれだけ、区長は集計して市に報告します。2026/07/05 自分の班の成果? 各班が持ち寄る 終わった後は井戸端会議? 土手にナワシロイチゴが
近所のセブンイレブン近くでは、今でもゴミのポイ捨てを時々見かける。
犯人は20歳代の若い男女組がくさい。車の中で飲食いし、このゴミを窓から放り投げるのを目撃した事あり。
彼らは子供の時にゴミ拾いのボランティア経験が無いのかもしれない。結局は親の教育かな⁉️
市内、全区域でのクリーン作戦でしたね・。 お疲れ様でした。 おいらは草刈り機での雑草処理。 良い汗かきました。
5月の連休に掛川城へ出かけ、道の駅での車中泊で、出会った方が、「旧東海道を往復出来たぞ・・」との連絡が入りました。 このおじさん、定年後に自転車で旧街道を走って旅をしている方でした。
日本橋から京都の三条大橋までが江戸期に整備された道が「東海道」だね・。 おじさんは名古屋の方。 三条大橋から日本橋に向かっている途中で出会いましたよ・。 スポーツ自転車のリアサイドには大型のバックを積んでさらには自転車の前にもバックを積んでいたね・。 簡易テントやマット、寝袋・・・と、野宿の旅だと話されていた。
走行距離は片道500キロ、往復となると、単純に1000キロを超える旅になるね・。 素晴らしい人生旅人だと思ったよ・・。 鈴鹿峠は勾配もきつく、自転車を押して峠を越えたようです。 「東の箱根、西の鈴鹿」と言われるほど、東海道の難所として知られていますからね・。
東海道五十三次・・・江戸時代に東海道に置かれた五十三ヶ所の宿場まち、「次」の意味が指すのは「乗り継ぎ」のこと。 伝馬制度・・によるものと、おいらは覚えていたよ。 由比宿には江戸時代の浮世絵師、歌川広重の「東海道広重美術館」もあったと思う・。 静岡市の公立の美術館だった。 のんびりと、ゆっくりとした旅も良いかもね・。 おいらも五十三次の宿場を訪ねてみたいね・。 名古屋のおじさん、お疲れ様でした。 また、どこかの旅の途中で出会いましょう・・お元気で・・。